熱力学の最も基本的な法則である熱力学第一法則はエネルギー保存則です。
力学的エネルギー保存則では位置エネルギーと運動エネルギーが出てきました。
では熱力学第一法則で出てくるエネルギーとは何でしょうか。
まずは熱力学第一法則の式を示し、そこで出てくるエネルギーについて順番に見ていきます。
熱力学第一法則
熱力学第一法則は (1) 式で表わされます。
\(\small\color{blue}{\Delta U=Q+W\cdots\text{(1)}}\)
ここで、\(\small U\) は内部エネルギー、\(\small Q\) は熱、\(\small W\) は仕事を表わし、単位はどれも \(\small\text{J}\)(ジュール)です。
次回以降にあらためて説明しますが、内部エネルギーは考えている系が持っているエネルギーと考えてください。
また、熱はこの後で、仕事は次回に説明します。
内部エネルギーの前に \(\small\Delta\)(ギリシャ文字の大文字のデルタ)が付いています。
これは差を表わす記号です。
変化が起こる前の内部エネルギーを \(\small U_1\)、変化が起こった後の内部エネルギーを \(\small U_2\) とすると、\(\small\Delta U\) は (2) 式で表わされます。
\(\small\color{blue}{\Delta U=U_2-U_1\cdots\text{(2)}}\)
\(\small\Delta\) はよく使われるので、差を表わす記号であることを知っておきましょう。
注意点として、差を取るときは変化した後から変化する前を引いてください。
\(\small\Delta U\) はプラスになるときもあればマイナスになるときもありますが、この符号はとても大事です。
さて、内部エネルギーが変化するということは、変化のときにエネルギーが出たり入ったりしているということです。
変化前の内部エネルギーが \(\small 2\,\text{J}\) で、変化後の内部エネルギーが \(\small 5\,\text{J}\) だった場合、変化の過程で \(\small 3\,\text{J}\) のエネルギーが外から入ってきています。
逆に、変化前の内部エネルギーが \(\small 5\,\text{J}\) で、変化後の内部エネルギーが \(\small 2\,\text{J}\) だった場合、変化の過程で \(\small 3\,\text{J}\) のエネルギーが外へ出ていっています。
この出たり入ったりするエネルギーが、熱と仕事という形でやりとりされています。
系に何か変化が起きたとき、変化の過程で熱や仕事としてエネルギーが出入りした結果、変化後の内部エネルギーに達したと考えます。
出入りするエネルギーの内訳は変化の過程によって違います。
図1の上の例で言えば、熱として \(\small 1\,\text{J}\)、仕事として \(\small 2\,\text{J}\) 入ってきて合計 \(\small 3\,\text{J}\) 増えることもあれば、熱として \(\small 4\,\text{J}\) 入ってきたけれど仕事として \(\small 1\,\text{J}\) 出ていった結果 \(\small 3\,\text{J}\) 増えることもあります。
すべては過程次第。
ここは前回説明した力学的エネルギー保存則と同じです。
物体の高さによって位置エネルギーと運動エネルギーの値は違っても、その合計は常に \(\small mgh\) でしたよね。
これが熱力学第一法則の基本的な考え方です。
熱とは
では熱力学第一法則に出てくる項を1つずつ見ていきましょう。
まずは熱です。
熱とは何か。
当たり前のもののようでいて実はよくわからない、説明が難しい話です。
ずっと昔は、熱素という物質のようなものを考えて、それが物質の間で移動することによって熱の受け渡しが行われるという考え方が主流でした。
現在は熱をエネルギーの形態の1つと考えます。
温度が異なる物体同士を接触させると、温度が高い物質の温度は下がり、温度が低い物質の温度は上がることはよく知られています。
このとき温度変化が起こるのは、温度が高いほうから低いほうへエネルギーが移動しているからです。
このような温度差によって移動するエネルギーを熱と考えます。
分子の立場からエネルギーの受け渡しを見てみましょう。
分子はそれぞれ運動していますが、温度が高いほうが分子は激しく運動しています。
温度が異なる物体同士を接触させると、激しく運動している高温物体の分子がのんびり運動している低温物体の分子にぶつかって激しく運動させようとします。
この衝突のとき、低温物体の分子はエネルギーをもらって動きを激しくし、高温物体の分子はエネルギーを渡して運動が弱まるわけです。
ジュールの実験
熱力学第一法則の話に関連してよく出てくるのがジュールの実験です。
ジュールは水中の攪拌装置に外部から仕事を与えて撹拌させ、水温がどのように変化するかを実験しました。
この実験から、熱と仕事はエネルギーの1つの形であり、互いに変換できることが示されました。
熱と仕事の間には (3) 式が成り立ちます。
\(\small\color{blue}{1\,\text{cal}=4.184\,\text{J}\cdots\text{(3)}}\)
\(\small 1\,\text{cal}\)(カロリー)は \(\small 1\,\text{g}\) の水の温度を \(\small 1\)\(℃\) 上げるのに必要な熱です。
したがって (3) 式は、\(\small 4.184\,\text{J}\) の仕事が \(\small 1\,\text{g}\) の水の温度を \(\small 1\)\(℃\) 上げることを意味します。
では \(\small 4.184\,\text{J}\) の仕事はどれくらいのものでしょうか。
物体を動かすときに必要な仕事 \(\small W\,\text{[J]}\) は、物体にはたらく力 \(\small F\,\text{[N]}\) と動かした距離 \(\small x\,\text{[m]}\) の積で与えられます。
\(\small\color{blue}{W\,\text{[J]}=F\,\text{[N]}\times x\,\text{[m]}\cdots\text{(4)}}\)
また、物体にはたらく力 \(\small F\,\text{[N]}\) は物体の質量 \(\small m\,\text{[kg]}\) と加速度 \(\small a\,\text{[m}\,\text{s}^{-2}]\) の積で与えられます。
\(\small\color{blue}{F\,\text{[N]}=m\,\text{[kg]}\times a\,\text{[m}\,\text{s}^{-2}]\cdots\text{(5)}}\)
以上をふまえて、物体を持ち上げる仕事を計算してみましょう。
持ち上げる距離は \(\small 1\,\text{m}\) として、どれくらいの重さの物体を持ち上げるのが \(\small 4.184\,\text{J}\) に相当するのでしょうか。
まず、(4) 式から物体にはたらく力 \(\small F\) を求めます。
\(\small\color{blue}{F=\displaystyle\frac{W}{x}=\displaystyle\frac{4.184\,\text{J}}{1\,\text{m}}=4.184\,\text{N}\cdots\text{(6)}}\)
次に、(5) 式から物体の質量 \(\small m\) を求めます。
\(\small\color{blue}{m=\displaystyle\frac{F}{a}=\displaystyle\frac{4.184\,\text{N}}{9.8\,\text{m}\,\text{s}^{-2}}=0.427\,\text{kg}\cdots\text{(7)}}\)
したがって、\(\small 0.427\,\text{kg}\)(\(\small 427\,\text{g}\))の物体を \(\small 1\,\text{m}\) 持ち上げる仕事が \(\small 4.184\,\text{J}\) であることがわかりました。
この仕事を \(\small 1\,\text{g}\) の水に与えると温度が \(\small 1\)\(℃\) 上がります。
\(\small 500\,\text{g}\) の物体を \(\small 1\,\text{m}\) 持ち上げるのはそれほど難しくないので、あまり大した仕事量ではないように感じます。
しかしこれは \(\small 1\,\text{g}\) の水の場合。
\(\small 500\,\text{mL}\) のペットボトルに入っている \(\small 500\,\text{g}\) の水の温度を \(\small 1\)\(℃\) 上げるためにはどれだけ仕事が必要でしょうか。
熱として \(\small 500\,\text{cal}\) 必要なので、これを仕事に変換します。
\(\small\color{blue}{500\,\text{cal}\times 4.184\,\text{J}\,\text{cal}^{-1}=2092\,\text{J}\cdots\text{(8)}}\)
\(\small 1\,\text{m}\) 持ち上げるという条件で、この仕事に相当する物体の重さを計算します。
\(\small\color{blue}{F=\displaystyle\frac{2092\,\text{J}}{1\,\text{m}}=2092\,\text{N}\cdots\text{(9)}}\)
\(\small\color{blue}{m=\displaystyle\frac{2092\,\text{N}}{9.8\,\text{m}\,\text{s}^{-2}}=213\,\text{kg}\cdots\text{(10)}}\)
こうやって考えると、ペットボトルの水を \(\small 1\)\(℃\) 上げるのに必要な仕事はかなりのものであることが想像できます。
このように、仕事と熱は等価で交換できます。
ここまでは仕事を熱に変える例で話してきましたが、逆に熱を仕事に変えることもできます。
これによって、人の力だけではできないような大きな仕事もできるようになりました。
まとめ
ここでは熱力学第一法則の概要と熱について説明しました。
熱力学第一法則の式はただの足し算で、覚えることはとても簡単です。
だからこそ、中身を理解することが大事です。
次回は仕事の話をします。