熱力学

熱力学-06|準静的過程

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熱力学の基本は、考えている系がある状態から別の状態へ変化したときの物理量を計算することです。このとき、変化が急なのか緩やかなのか、その変化のさせ方によって得られる答えが変わってくる場合があります。

そうなると変化のさせ方まで考慮しなければならず、それは何通りもあって複雑になるので、1つの理想化された過程を準備します。その過程の考え方を見ていきましょう。

準静的過程とは

準静的過程とは、系と外界が常に平衡状態を保つようにゆっくりと変化させる方法で、理想化された過程です。常に平衡状態を保っているので、変化の方向を逆転させたときに同じ道を通って元に戻ることができます。

準静的過程の考え方は理想気体の考え方と似ています。実在気体が持つ分子の大きさや分子間力は取り除いてしまって、できるだけシンプルにした気体が理想気体でした。

それと同じように、実際の過程が示す複雑さを取り除くために考えられた仮想的な過程が準静的過程です。たとえ明記されていなくても、熱力学では基本的に準静的過程を想定しています。

さて、文章だけを読んでもよくわからないので、気体の圧縮と膨張にともなう仕事を例に過程の違いを考えてみましょう。

気体の圧縮にともなう仕事から過程の違いを考える

図1のように、摩擦も重さもない理想的なピストン(断面積 \(\small 100\,\text{cm}^{2}\))が、\(\small 1\,\text{atm}\) の大気圧下、\(\small 0\)\(℃\) でピストン内の理想気体と釣り合っているとします。

この状態ではピストンは動かないので、理想気体の圧力も \(\small 1\,\text{atm}\) です。理想気体が \(\small 1\,\text{mol}\) だけ入っているとすると、理想気体の状態方程式から体積を求めることができます。

\(\small\color{blue}{\begin{align}V&=\displaystyle\frac{nRT}{P}\\&=\displaystyle\frac{1\,\text{mol}\times0.08206\,\text{L}\,\text{atm}\,\text{K}^{-1}\,\text{mol}^{-1}\times273.15\,\text{K}}{1\,\text{atm}}\\&=22.4\,\text{L}\cdots(1)\end{align}}\)

ここで、ピストンに \(\small 1\,\text{kg}\) の重りを載せます。そうすると重りの分だけ下向きに力が加わるので、ピストンは下がります。

このとき加わった力を圧力で考えると、次のとおり計算できます。

\(\small\color{blue}{\begin{align}P&=\displaystyle\frac{F}{A}=\displaystyle\frac{mg}{A}\\&=\displaystyle\frac{1\,\text{kg}\times9.81\,\text{m}\,\text{s}^{-2}}{100\times10^{-6}\,\text{m}^{2}}=9.81\times10^{4}\,\text{Pa}\\&=\displaystyle\frac{9.81\times10^{4}\,\text{Pa}}{1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}}=0.968\,\text{atm}\cdots(2)\end{align}}\)

ここでは簡単のため、\(\small 1\,\text{kg}\) の重りを載せると \(\small 1\,\text{atm}\) 分だけ圧力が増えて、ピストンが下がると考えます。

ピストンが下がると理想気体の体積は小さくなり、理想気体の圧力が増加します。そして理想気体の圧力が \(\small 2\,\text{atm}\) になったところでピストンを上に押す力と下に押す力が釣り合い、ピストンは動かなくなります。

ボイルの法則を考えると、圧縮された理想気体の体積は \(\small 11.2\,\text{L}\) です。

\(\small\color{blue}{1\,\text{atm}\times22.4\,\text{L}=2\,\text{atm}\times V_{2}}\)
\(\small\color{blue}{\Rightarrow V_{2}=11.2\,\text{L}\cdots(3)}\)

ではこのとき、系が外界からされた仕事はどのように計算されるでしょうか。仕事の基本は (4) 式です。

\(\small\color{blue}{\text{d}W=-P\,\text{d}V\cdots(4)}\)

理想気体の体積が \(\small 22.4\,\text{L}\) から \(\small 11.2\,\text{L}\) まで圧縮されるときの圧力は \(\small 2\,\text{atm}\) で一定でした。このことを踏まえて (4) 式を積分します。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P\,\text{d}V=-P\int_{V_{1}}^{V_{2}}\text{d}V\\&=-P(V_{2}-V_{1})\\&=-2\,\text{atm}\times(11.2-22.4)\,\text{L}\\&=-2\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(11.2-22.4)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&=22.7\times10^2\,\text{J}=2.27\,\text{kJ}\cdots(5)\end{align}}\)

したがって、ピストン内の理想気体は外界から \(\small 2.27\,\text{kJ}\) の仕事をされました。

さらに、この仕事の計算をグラフで表わしたのが図3です。

(5) 式からわかるように、仕事の大きさは図3の赤線で表わした長方形の面積から得られます。

以上が \(\small 1\,\text{kg}\) の重りを載せたときの仕事です。

次に操作を2回に分けることを考えます。すなわち、最初に \(\small 0.5\,\text{kg}\) の重りを載せてピストンを下げた後、さらに \(\small 0.5\,\text{kg}\) の重りを載せます。

最終的に \(\small 1\,\text{kg}\) 分の重りが載せられるので、最後の状態は先ほどと同じで、理想気体の体積は \(\small 11.2\,\text{L}\) まで圧縮されます。このように最初と最後の状態が同じで圧縮操作の回数が違うときにどのような差が生じるか、その仕事を計算してみましょう。

簡単のため、\(\small 0.5\,\text{kg}\) の重りを載せたとき圧力が \(\small 0.5\,\text{atm}\) 増加すると考えます。1回目で理想気体は \(\small 1.5\,\text{atm}\) の圧力で圧縮され、その体積は次のとおり計算されます。

\(\small\color{blue}{1\,\text{atm}\times22.4\,\text{L}=1.5\,\text{atm}\times V_{2}}\)
\(\small\color{blue}{\Rightarrow V_{2}=14.9\,\text{L}\cdots(6)}\)

さらに2回目で、理想気体は \(\small 2.0\,\text{atm}\) の圧力で \(\small 14.9\,\text{L}\) から \(\small 11.2\,\text{L}\) まで圧縮されます。このことを踏まえて (5) 式と同様の計算を行います。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P_{1}\text{d}V-\int_{V_{2}}^{V_{3}}P_{2}\text{d}V\\&=-P_{1}(V_{2}-V_{1})-P_{2}(V_{3}-V_{2})\\&=-1.5\,\text{atm}\times(14.9-22.4)\,\text{L}-2.0\,\text{atm}\times(11.2-14.9)\,\text{L}\\&=-1.5\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(14.9-22.4)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&\qquad-2.0\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(11.2-14.9)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&=1.89\,\text{kJ}\cdots(7)\end{align}}\)

したがって、ピストン内の理想気体は外界から \(\small 1.89\,\text{kJ}\) の仕事をされました。

ここまででわかるように、1回で圧縮するときと2回に分けて圧縮するときでは計算される仕事が違い、2回に分けたほうが小さくなっています。このことは図3と同様に描いた図5からも明らかです。赤線で表わした部分の面積が仕事ですが、図3と比べて右上部分が無くなっていることがわかります。


ではこの圧縮について、3回、4回、、、と分ける回数を増やしていくとどうなるでしょうか。ここまでの話から類推できるように、分ける回数を増やせば増やすほど計算される仕事は小さくなります。そして無限に細かく操作を分けた場合の仕事が図6の赤線部分です。

この無限回に分けたときの仕事が、気体が圧縮されるときに外界からされる仕事の最小値です。ちなみに、この \(\small P-V\) 曲線に沿った仕事は (8) 式で計算できます。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P\,\text{d}V=-\int_{V_{1}}^{V_{2}}\displaystyle\frac{nRT}{V}\text{d}V\\&=-nRT\ln\displaystyle\frac{V_{2}}{V_{1}}\\&=-1\,\text{mol}\times8.314\,\text{J}\,\text{K}^{-1}\,\text{mol}^{-1}\times273.15\,\text{K}\times\ln\displaystyle\frac{11.2\,\text{L}}{22.4\,\text{L}}\\&=1.57\,\text{kJ}\cdots(8)\end{align}}\)

この無限回に分ける操作が準静的過程を意味します。準静的過程が仮想的な過程であると言われる所以は、無限回に分けるという現実的でない操作を想定するためです。操作を無限回に分けることを、「非常にゆっくり操作する」と言うこともあります。いずれにしても、これが準静的過程の大事な点です。

もう1つ大事な点を次に示します。

気体の膨張にともなう仕事から過程の違いを考える

ここまではピストン内の理想気体を圧縮する過程を考えてきました。反対に、今度はピストン内の理想気体が膨張する過程を考えます。

ここまで見てきた \(\small 1\,\text{kg}\) の重りが載った状態(理想気体の体積が \(\small 11.2\,\text{L}\) の状態)をスタートとします。

この状態から \(\small 1\,\text{kg}\) の重りを取り除くと、理想気体は \(\small 22.4\,\text{L}\) まで膨張します。

このとき理想気体が外界にした仕事は (9) 式で計算されます。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P\,\text{d}V=-P(V_{2}-V_{1})\\&=-1.0\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(22.4-11.2)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&=-1.13\,\text{kJ}\cdots(9)\end{align}}\)

1段階で圧縮するときの仕事である (5) 式と1段階で膨張するときの仕事である (9) 式を比べると、圧縮するときのほうが仕事の絶対値は大きいことがわかります。すなわち、\(\small 2.27\,\text{kJ}\) の仕事で理想気体を圧縮しても、その理想気体が膨張して元に戻るときには \(\small 1.13\,\text{kJ}\) の仕事しかしないことを意味します。

この仕事の計算をグラフで表わしたのが図9です。図3と比べて面積が小さいことは明らかです。


次に操作を2回に分けることを考えます。すなわち、最初に \(\small 0.5\,\text{kg}\) 分だけ重りを取り除いてピストンを上げた後、残り \(\small 0.5\,\text{kg}\) の重りを取り除きます。

最終的に重りはすべて取り除かれるので、最後の状態は先ほどと同じで、理想気体の体積は \(\small 22.4\,\text{L}\) まで膨張します。圧縮操作で見てきたのと同様に、膨張操作を2回に分けたときの仕事を計算してみましょう。

圧縮操作の計算を参考にすると、1回目で理想気体は \(\small 1.5\,\text{atm}\) の圧力で \(\small 11.2\,\text{L}\) から \(\small 14.9\,\text{L}\) まで膨張し、2回目は \(\small 1\,\text{atm}\) の力で \(\small 14.9\,\text{L}\) から \(\small 22.4\,\text{L}\) まで膨張します。このことを踏まえて (9) 式と同様の計算を行います。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P_{1}\text{d}V-\int_{V_{2}}^{V_{3}}P_{2}\text{d}V\\&=-P_{1}(V_{2}-V_{1})-P_{2}(V_{3}-V_{2})\\&=-1.5\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(14.9-11.2)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&\qquad-1.0\,\text{atm}\times1.013\times10^{5}\,\text{Pa}\,\text{atm}^{-1}\times(22.4-14.9)\times10^{-3}\,\text{m}^3\\&=-1.32\,\text{kJ}\cdots(10)\end{align}}\)

したがって、ピストン内の理想気体は外界に対して \(\small 1.32\,\text{kJ}\) の仕事をしました。

そうすると圧縮のときと同様に、1回で膨張するときと2回に分けて膨張するときでは計算される仕事が違います。そして今度は2回に分けたほうが(絶対値は)大きくなっています。このことは図11からも明らかです。


ではこの膨張について、3回、4回、、、と分ける回数を増やしていくとどうなるでしょうか。ここまでの話から類推できるように、分ける回数を増やせば増やすほど計算される仕事(の絶対値)は大きくなります。そして無限に細かく操作を分けた場合の仕事が図12の赤線部分です。

この無限回に分けたときの仕事が、気体が膨張するときに外界に対して行う最大の仕事です。このときの仕事は (11) 式で計算できます。

\(\small\color{blue}{\begin{align}W&=-\displaystyle\int_{V_{1}}^{V_{2}}P\,\text{d}V=-\int_{V_{1}}^{V_{2}}\frac{nRT}{V}\text{d}V\\&=-nRT\ln\frac{V_{2}}{V_{1}}\\&=-1\,\text{mol}\times8.314\,\text{J}\,\text{K}^{-1}\,\text{mol}^{-1}\times273.15\,\text{K}\times\ln\frac{22.4\,\text{L}}{11.2\,\text{L}}\\&=-1.57\,\text{kJ}\cdots(11)\end{align}}\)

圧縮のときと同じく、この無限回に分ける操作が準静的過程を意味します。ここで大事なことは、準静的過程で圧縮するときに理想気体が外界からされる仕事の大きさと、準静的過程で膨張するときに理想気体が外界に対してする仕事の大きさが同じになることです。これは図6と図12を見れば明らかですし、(8) 式と (11) 式の計算結果を見てもわかります。

したがって準静的過程であれば、理想気体を圧縮するときに必要な仕事と同じ大きさだけ、理想気体が膨張するときに仕事が生じ、元の状態に戻るわけです。このように準静的過程を想定しておけば、過程の違いによる差を考えなくてよくなる点で都合が良いです。

まとめ

今回は理想的な過程である準静的過程について説明しました。始まりと終わりの状態が同じでも、その過程が異なると計算される仕事は変わってくることがイメージできたでしょうか。

準静的過程は現実的ではない仮想的な過程であっても、熱力学において木の幹をなす大事な考え方です。