理想気体を考えるときに無視してしまう要素の2つ目として、ここでは分子間力について考えます。
分子間力とは
力と聞いて思い出されるものはいくつかあります。物体の間にはたらく万有引力や、電荷の間にはたらくクーロン力はよく耳にします。
では、分子間力とは何でしょうか。
その名のとおり、分子間力とは分子の間にはたらく力のことです。一般的にこの力を van der Waals 力と呼びます。van der Waals 力は電荷を持っていなくてもはたらく力です。
分子の特徴によって van der Waals 力の中身はさらに細かく分けられます。興味があれば、J.N.イスラエルアチヴィリの著書『分子間力と表面力』を調べてみてください。分子間力について詳細に説明されています。
力とポテンシャルエネルギー
分子間力は力なので、実際に分子の間に引力や斥力がはたらいています。
そこで力として説明を進めていけばよいのですが、よく説明で使われるのは力ではなくエネルギーの形です。
このエネルギーをポテンシャルエネルギー potential energy と言います。potential には「位置の」という意味があるので、ポテンシャルエネルギーとは位置エネルギーのことを表しています。
つまり、ある距離だけ離れた分子間にはたらく力を、その位置にあることによって生じるエネルギーに置き換えているわけです。
分子間の距離を \(\small{r}\) とすると、力 \(\small{F(r)}\) とポテンシャルエネルギー \(\small{w(r)}\) の間には次の関係があるため、容易に変換することができます。
\(\small\color{blue}{F(r)=-\displaystyle\frac{\text{d}w(r)}{\text{d}r}\cdots\text{(1)}}\)
この関係は、距離 \(\small{r}\) だけ離れた点電荷の間にはたらくクーロン力 \(\small{F(r)}\) とそのポテンシャルエネルギー \(\small{w(r)}\) の式を見るとよくわかります。
\(\small\color{blue}{w(r)=\displaystyle\frac{1}{4\pi \varepsilon_0}\cdot \frac{q_1 q_2}{r}\cdots\text{(2)}}\)
\(\small\color{blue}{\begin{align}F(r)&=-\displaystyle\frac{\text{d}w(r)}{\text{d}r}\\&=-(-\frac{1}{4\pi \varepsilon_0}\cdot \frac{q_1 q_2}{r^2})\\&=\frac{1}{4\pi \varepsilon_0}\cdot \frac{q_1 q_2}{r^2}\cdots\text{(3)}\end{align}}\)
グラフを使ってもう少し考えてみましょう。
van der Waals 力による引力のポテンシャルエネルギーは分子間の距離 \(\small{r}\) の6乗に反比例することが知られています。そして分子同士が十分に近づいてくると、斥力がはたらき始めます。
斥力のポテンシャルエネルギーは分子間の距離 \(\small{r}\) の 12 乗に反比例すると仮定すると、分子間のポテンシャルエネルギー \(\small{w(r)}\) は次式で表されます(簡単のため、係数は1としています)。
\(\small\color{blue}{w(r)=\displaystyle\frac{1}{r^{12}}-\frac{1}{r^6}\cdots\text{(4)}}\)
この式を使ってグラフを描くと、次のようなポテンシャルエネルギー曲線が得られます。
このグラフから、2つの分子が遠く離れている(グラフのずっと右側にある)ときはポテンシャルエネルギーが0であり、そこを基準として分子同士が近づいてくる(グラフの右側から左側へ移動する)とポテンシャルエネルギーが減少します。
しかし、ある距離を超えて近づきすぎると、急激にポテンシャルエネルギーが増加している様子がわかります。
このグラフはポテンシャルエネルギーの変化を表していますが、これを力で考えたい場合はどうすればよいでしょうか。
力とポテンシャルエネルギーの関係から、ポテンシャルエネルギーを距離で微分してマイナスの符号を付ければ力になります。このことをグラフで言うと、ポテンシャルエネルギー曲線の傾きにマイナスの符号を付けると力になるはずです。
\(\small{F(r)}\) がプラスの値は斥力を、マイナスの値は引力を表すので、図2のようにポテンシャルエネルギー曲線の極小より左側では斥力が、右側では引力がはたらいていることがわかります。
ポテンシャルエネルギーはあくまでエネルギーであり、ポテンシャルエネルギーがマイナスの値だから引力、とはなりませんので、そこは注意してください。
このようにしてポテンシャルエネルギー曲線から分子間力を考えることができるので、分子間力を説明するときにはポテンシャルエネルギーがよく使われます。
分子間力を無視できるとき
理想気体では分子間力を無視してしまうので、仮にグラフで表すとすれば図3のようになります。
ポテンシャルエネルギー曲線の傾きはどこでも0なので、分子同士が近づいても遠ざかっても、引力も斥力もはたらきません。
これに対して実在気体では、分子間の距離によって引力や斥力がはたらくのは上で見てきたとおりです。
しかし、実在気体を理想気体のように扱える場合があります。それは分子間の距離が十分に離れているときです。
この領域ではポテンシャルエネルギーの変化が小さく曲線の傾きは0に近い、すなわち分子間力は十分に小さく、無視できると考えられます。
したがって、実在気体であっても分子間の距離が十分に離れている場合、たとえば箱の中に入っている分子の数に対して箱の大きさが十分に大きい場合は理想気体として考えても良さそうだということがわかります。
まとめ
ここでは理想気体の2つ目の条件、分子間力について見てきました。
分子間力とポテンシャルエネルギーの関係など難しい内容を説明してきましたが、それらの話はおまけです。分子の間には力がはたらいていて、それが実在気体を特徴づけていること、そして条件によっては実在気体でも分子間力を無視できることだけ知ってもらえれば良いです。
分子の大きさの話でも出てきましたが、考えている箱の体積が十分に大きいことが、実在気体が理想気体に近づく条件であることがわかります。
次回は理想気体の状態方程式を見ていきます。